インタビュー&コラム
INTERVIEW

『人生の師匠との出会いを得て進んで来たキャリアとこれから』 CFOインタビュー


顧客データを活用し、メールやプッシュ通知、Webやアプリ内ポップアップなどのチャネルを横断した付加価値の高いコミュニケーションを実現する、カスタマーエンゲージプラットフォームを運営するRepro株式会社。2020年2月には総額30億円の資金調達も行い、ますます拡大していく同社管理部長 高橋聖羅氏にお話を伺いました。

騙されて目指した公認会計士

― 最初のキャリアはあずさ監査法人ですが、学生時代から会計士を目指していたのですか?

いえ、そういうわけでもなくて、ある意味ちょっと騙されたというか(笑)

― 騙された?

はい(笑) 私は、明治大学の付属高校だったのですが、3年生のときに同校の卒業生で活躍している方々が学校に来て、在校生にキャリアを話してくれるみたいな会があったんです。そのときにある公認会計士の方も来ていました。その方が私の人生を変えました。

皆さん色々と話をしてくださっていましたが、いまいちピンとくるものがありませんでした。そんな時に公認会計士の方の順番が回ってきて、開口一番「皆さんお金は好きですか?」と言ったんです。おっ、と思いました。そこから、自分は年収ウン千万円だ、とか、芸能人と合コンができるとか、当時高校生だった純粋な私の心は公認会計士という職業に魅力を感じました。お金持ちになれて、芸能人と合コン出来るなんて夢のような職業だ、と(笑)

それで、高校3年生の時に簿記を勉強してみたら、簿記2級を一発で合格できたので、これは向いているのかもと思い、そこから本格的に会計士を目指してみよう、と決めました。

あとになって知るのですが、その話をしてくれた方は、独立していて、自分で事業も手掛けているやり手の会計士の方でして、ただ会計士になっても年収ウン千万円はもちろん、芸能人と合コンもできませんでした(笑)そういう意味で騙された?、というわけです。

― 勉強中に心が折れることはなかったですか?

私の場合、簿記1級の壁がありました。大学1年生のときに簿記1級に2回落ちたんです。それで、やっぱ向いていないのかと思い勉強を辞めました。そして、そのまま1年バイトやサークル活動などをして、遊んだんですよね。

大学2年生の後期のある日、ふと感じることがありました。高校から大学までエスカレーター組と、外部受験組の知識の差です。外部受験生は一生懸命勉強して明治大学に入ってきている。私は高校受験以来、一生懸命努力していない。このままいったら外部受験組の彼らに勝てないと思いはじめ、何か身につけないとヤバいと考えた結果、改めて会計士を目指そうと決めました。

バイトやサークル活動もスパっと辞めて、大学と専門学校のダブルスクールで毎日10時間以上勉強しました。在学中の1回目の試験は不合格でしたが、大学を卒業した年の2回目の試験で合格することができました。

人生を左右する師匠と出会った、あずさ監査法人時代

― 努力されたのですね。あずさ監査法人入所後は、どんな仕事をされていましたか?

あずさ監査法人には8年ほど在籍していました。最初は大手建設機械のクライアントを2年半くらい担当して、そのあとに大手医療機器のクライアントの担当をしていました。この、大手医療機器のクライアントを担当したときに、最初の師匠達に出会います。今でも私の仕事観は、この師匠達の影響をかなり受けているんです。

― 何か印象的なエピソードがあったのですか?

最初に大手建設機械会社の担当した時です。その監査チームは20人ぐらいいて、1年目の新人は細分化された仕事をこなしていく役割でした。何となくこなせてはいたので、僕は仕事ができる奴だと、天狗になっていました。

その後に縁があり、手医療機器のクライアントのチームに移ることになりました。大手建設機械のクライアントを担当していたということで期待されていたようです。

そのチームは5人の少数精鋭体制でした。1人同期もいたのですが、めちゃくちゃ出来る人になっていました。クライアントは同期を信頼しており、相談や質問を毎回しているんです。3か月経過しても、自分には全然来ないのに。監査調書のアウトプットも彼は早くてロジカルであるのに対して、自分は遅いしロジカルになっていないとかも感じました。同じ3年間で、なぜこんなにも差がついたのか分かりませんでした。すごい差を感じました。

そうこうしていたある日、その時のチームのシニアマネージャーとマネージャーに呼び出されて「君、全然仕事出来ないよね、悔しくないの?」とバッサリ言われました。ほんとに悔しかったですね、やっぱり。2人に「出来るようになりたいです」と強く伝えました。そしたら、1年間自分達が面倒を見ると、私を育てると、コミットをしてくれたんです。だから私はその思いに真剣に応えようと覚悟を決めました。

例えば、2人は私が作成した監査調書を丁寧に、細かく、熱意をもってレビューをしてくれました。最初はレビューコメントを100個ぐらいもらったと思います。本当に自分は仕事が出来ていなかったんだと実感する毎日でした。でも、2人の思いに応えなければと食らいついていきました。

そんな日々を過ごしている中で、だんだんクライアントから頼られたり、質問を受けることが増えてきました。私のバリューがクライアントに届き始めたことで、信頼関係を築くことができてきたと感じました。その後、このチームの現場責任者の交代の時期があり、誰がやるかとなったとき、僕が選ばれたんです。これは泣きましたね。

そこから、仕事が楽しいと思えるようにもなりました。同時にクライアントに対してバリューを提供することが仕事である、ということを常に意識しています。2人の師匠がいたから、今の私は私として存在できました。今でも、本当に感謝しかありません。